高津加log

140字以上のメモ📝

読書感想文「横浜駅SF 全国版」

横浜駅SFは、私がカクヨムで唯一全部読んだ小説だ。

元々数年前togetter辺りでまとめられていた工事が終わらない横浜駅の拡張ネタを読んでいたく気に入っていて、カクヨムで連載が始まったことをTwitterで知り読み始めた。

銀河ヒッチハイク・ガイド」が大好きなので、42の使い方にはふふっと笑ったし、青春18きっぷで淡々と旅をする主人公が、今風(と言っていいのか)の程よい精神感覚の持ち主でストレスなく読めた。キャラクターとしてはJR福岡の大隈が好きだった。

 

yokohamaekisf.kadokawa.co.jp

今回はその「全国版」とのことで、前作とは同一世界観で時系列が違う短編がまとめられている。いくつかはカクヨムで読んでいたが、装画の田中達之さんが大好き(リンダキューブ)なので、前作同様書籍版を購入した。(結果、青目先生のキャラデザに感動した。あと熊本編の表紙の絵は大隈でいいの?)

発売日に買って、読み終わったのは夏コミ2日目。サークル参加しながら暇な時間ずっと読んでたら読み終わってしまった。面白かった!

 

で、以下は本編のとりとめない感想。(基本的にネタバレ配慮ゼロなので、気になる人は読まない方がいい)

私は岩手県出身なので、岩手編があったのが嬉しかった。前作の発売時にどこかの店舗特典だった気がするが、わざわざ買い求めていなかったのでまとめてくれてありがたい。

岩手編のサブタイトルが、コードウェイナー・スミスの「Scanners Live in Vain」をもじった「Scanners Live in Your Brain」となっており、ああ、ネップシャマイ達の話かなとアタリをつけた。どの話も既存の名作からのもじりサブタイトルがついてるのだが(ちなみに瀬戸内・京都編がロバート・A・ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」、熊本編がレイ・ブラッドベリの「華氏451度」、群馬編は円城塔の「Self-Reference ENGINE」をそれぞれもじっている)、コードウェイナー・スミスは私のSF好きを加速させた作家だ、岩手との組み合わせがなんだか嬉しかった。

内容は、ネップシャマイたち北海道の工作員の話で、予想は当たった。銀河鉄道ではなくて津波の壁のネタかぁと思ったけど、まぁ横浜駅SFの性質から言って巨大壁がメインになるのは納得だ。

この工作員たちは、作中に登場する人間よりも人間らしいところがあるなと感じることがある。人工知能(と、便宜上呼ぶけど)が育っていくシーンを書こうとすると、普通の人間よりも葛藤というか、行動についての理由付けや、それに対する疑問について字数を裂く必要があるのかもしれない。普通の人間だったら、普通の人間の感情、という記号を利用することができるし。

AIがその能力の高さ故に仕事を放棄してしまう、という点で先述の「銀河ヒッチハイク・ガイド」の鬱ロボット・マーヴィンを思い出した。あれは高すぎる計算能力で自らの行く末に絶望しか感じられないという設定だったが、横浜駅SFのサマユンクルはどうだろう。生存したい、ということだけど。

岩手編には、埋葬のシーンがある。死を悼む人がいる一方で、これは活動停止という死を遠隔操作で与えられる可能性のある工作員達の話だ。そこに何らかの感情を抱いてしまうのが人間だとしたら、サマユンクルやハイクンテレケは何者なのだろうか。

 

あ、熊本編の大隈過去編はうさんくささが前作以上にあって良かったです。熊本編はミイカという女性が主人公で、非常にニュートラルなキャラだなという印象を受けた。こういう主人公は好きだ。

柞刈湯葉さんが書く女性は、基本的には二種類だと思っている。女性の役割語(~よね、とか、~だわ、とか)を話すキャラか、口調で性差を感じることがないキャラか、だ。大抵役割語の存在に辟易している(だって現実的にそういう口調で喋る人そんないない)から、後者のキャラが多いことが横浜駅SFを読み続けられる理由の一つだ。男性に付随しているキャラ(恋人とか、妻とか、ヒロイン的なポジション)は役割語で話し、第一線で活動するキャラにはそれがない、という印象。

熊本編では、主人公は基本的に生真面目な口調で話すので役割語ではない。が、先輩の女性キャラ・黒木は役割語だ。それは、黒木が非常に女性的であることを強調していて、まあそこと彼女が引き起こした事件との因果関係について誰も批判的ではないのだけれど、役割語を使わずに女性性を強調した文章を書くというのは難しいのかもなあと思ったりもした。口調設定は文字だけの小説における重要な個性付けの一つだし、それもあって私は大隈が好きなのだけど、いちいちそういう部分を気にしながら読んでしまう自意識があまり好きじゃない。

 

全国版を読み終わって、一番好きなキャラクターが大隈から青目先生になった。ああいう、清濁併せのんだタイプの頭の良い大人というのが本当に大好きで、長生きしてくれと願うばかりだ。